「愛情」の育てかた
「愛されたい」と 人はみな言うけれど
「愛したい」と はじめに言える人は どれだけいるんだろうか・・・
愛されたら 愛するのかな?
愛されなかったら 愛さないのかな?
愛してもいないのに
自分だけが 愛されようとするのは むずかしい
人を愛すると 相手は幸せになっていく
幸せになった人には 愛が満ちてくる
相手が 愛情豊かになってくると
自分も愛で満たされる
「幸せ」の育てかた
「幸せになりたい」と 人はみな言うけれど
「人を幸せにしたい」と 言う人は どれだけいるんだろうか・・・
人を幸せにしていないのに
自分だけが 幸せには なれないのに・・・
人にやさしくすると みんなが幸せになれる
幸せになった人は やさしくなれる
みんながやさしくなれば
自分も幸せ
孤独は より深い孤独に 癒される
孤独は より深い孤独に 癒される
自分がどんなに孤独だと感じていても
自分より孤独の深い人の横にいるだけで
救われていく
何もせずとも 語らずとも・・・
孤独が 孤独を癒し 救うのだ
笑い振りまく ピエロのもつ孤独に
ネットなしの綱渡りに
ゴッホのひまわりの絵に
モーツァルトの調べに
救われていく
ただ そこに それがあるだけで・・・
自分より 深い孤独を持つ人に出会うと
苦しさも悲しさも 溶けていく
その安らぎに 思わず涙が流れてくる
何もせずとも 語らずとも
ただ そこにいるだけで・・・
ただ そこにいてくれるだけで・・・
自分がどんなに孤独だと感じていても
自分より孤独の深い人の横にいるだけで
救われていく
何もせずとも 語らずとも・・・
孤独が 孤独を癒し 救うのだ
笑い振りまく ピエロのもつ孤独に
ネットなしの綱渡りに
ゴッホのひまわりの絵に
モーツァルトの調べに
救われていく
ただ そこに それがあるだけで・・・
自分より 深い孤独を持つ人に出会うと
苦しさも悲しさも 溶けていく
その安らぎに 思わず涙が流れてくる
何もせずとも 語らずとも
ただ そこにいるだけで・・・
ただ そこにいてくれるだけで・・・
カリール・ジブランの「愛について」
傍らに置いて ことあるごとに目を通す本に
カリール・ジブランの「預言者」(至光社 佐久間 彪 訳)という 詩編集がある
その中から 「愛について」の項を 抜粋意訳
愛が あなたをさし招いたなら 愛に従いなさい
たとえ その道がどんなに厳しく険しくても
愛の翼が あなたを包んだなら 愛に身をゆだねなさい
たとえ その翼にひそむ刃が あなたを傷つけても
・・・・・・
愛が語りかけたなら 愛を信じなさい
その声が 庭を荒らす北風のように あなたの夢を 打ち砕いても
愛は あなたを育て また刈り取ります
・・・・・・
しかし 愛の苦しさを避け 安らぎと楽しみだけを求めるのなら
あの季節のない世界へ行くがよい
そこでは 笑っても心底から笑えず 泣いて流れるのは 本当の涙ではない
・・・・・・
愛は 愛自身のほか 何も与えることがなく
愛自らしか受けることができない
愛は 所有せず また所有させない
なぜなら 愛は 愛だけで充分なのだから
・・・・・・
思ってもならない あなたが愛の歩みを導けるなどと
なぜなら 愛こそが あなたの歩みを導くのだから
愛の望みはただひとつ
愛自身を満たすこと
・・・・・・
融けて 夜の間も 自らを歌う川のせせらぎのようになること
愛のあまりの優しさに 苦しむこと
愛を自分で解釈して 傷つくこと
そして
自由な 喜びにあふれた心で 血を流すこと
夜明けに目覚め 飛び立つ思いで
愛の 新しい一日のために 感謝をささげること
昼下がりには 静かに安らぎ 愛の恍惚を思い出して 味わうこと
夕暮れには 感謝に満ちて 家路をたどること
そして
心では 愛するひとのために 祈り
唇では 賛美の歌を歌いながら 眠りにつくこと
※この「愛」は 大きくて広い 至高の愛を示しています
カリール・ジブランの「預言者」(至光社 佐久間 彪 訳)という 詩編集がある
その中から 「愛について」の項を 抜粋意訳
愛が あなたをさし招いたなら 愛に従いなさい
たとえ その道がどんなに厳しく険しくても
愛の翼が あなたを包んだなら 愛に身をゆだねなさい
たとえ その翼にひそむ刃が あなたを傷つけても
・・・・・・
愛が語りかけたなら 愛を信じなさい
その声が 庭を荒らす北風のように あなたの夢を 打ち砕いても
愛は あなたを育て また刈り取ります
・・・・・・
しかし 愛の苦しさを避け 安らぎと楽しみだけを求めるのなら
あの季節のない世界へ行くがよい
そこでは 笑っても心底から笑えず 泣いて流れるのは 本当の涙ではない
・・・・・・
愛は 愛自身のほか 何も与えることがなく
愛自らしか受けることができない
愛は 所有せず また所有させない
なぜなら 愛は 愛だけで充分なのだから
・・・・・・
思ってもならない あなたが愛の歩みを導けるなどと
なぜなら 愛こそが あなたの歩みを導くのだから
愛の望みはただひとつ
愛自身を満たすこと
・・・・・・
融けて 夜の間も 自らを歌う川のせせらぎのようになること
愛のあまりの優しさに 苦しむこと
愛を自分で解釈して 傷つくこと
そして
自由な 喜びにあふれた心で 血を流すこと
夜明けに目覚め 飛び立つ思いで
愛の 新しい一日のために 感謝をささげること
昼下がりには 静かに安らぎ 愛の恍惚を思い出して 味わうこと
夕暮れには 感謝に満ちて 家路をたどること
そして
心では 愛するひとのために 祈り
唇では 賛美の歌を歌いながら 眠りにつくこと
※この「愛」は 大きくて広い 至高の愛を示しています
HERSHEY'S CHOCOLATE
小さい頃の 想い出ついでに もうひとつ
輸入食料品の店は 上野アメ横にあり 事務所と倉庫は自宅にあったので
へこんだ缶詰や 割れたチョコレートなどの欠品は おやつとして よく出されていた
その中で もっとも私を魅了していたのが
この HERSHEY’S CHOCOLATE!

子供にはかなり大きいサイズなのに 一人で一枚 食べすぎて・・・
盗み食いして・・・ 何度 鼻血をだしたことか・・・
当時でも ミルクとアーモンドはあったし もちろんKISSチョコも定番!

HERSHEY’S ブランドは チョコレートだけでなく
ココアや チョコシロップ缶(毎朝のシリアルやトーストにかけたり そのまま飲んだりしてた…)も
あって 何かとハーシーだった

*昔のチョコ缶が見つからなかったので、キャンドル缶でイメージを
今は もっとリッパでスノッブな 美味しいチョコレートを知ってはいても
ハーシーだけは 特別の存在
こんな幼少時体験が 今でも
明治屋や紀伊国屋 ナショナルマーケットなどの
輸入食料品が陳列された棚の前で
郷愁感を引き出して 私を 思わず立ち止まらせてしまうのです
輸入食料品の店は 上野アメ横にあり 事務所と倉庫は自宅にあったので
へこんだ缶詰や 割れたチョコレートなどの欠品は おやつとして よく出されていた
その中で もっとも私を魅了していたのが
この HERSHEY’S CHOCOLATE!

子供にはかなり大きいサイズなのに 一人で一枚 食べすぎて・・・
盗み食いして・・・ 何度 鼻血をだしたことか・・・
当時でも ミルクとアーモンドはあったし もちろんKISSチョコも定番!

HERSHEY’S ブランドは チョコレートだけでなく
ココアや チョコシロップ缶(毎朝のシリアルやトーストにかけたり そのまま飲んだりしてた…)も
あって 何かとハーシーだった

*昔のチョコ缶が見つからなかったので、キャンドル缶でイメージを
今は もっとリッパでスノッブな 美味しいチョコレートを知ってはいても
ハーシーだけは 特別の存在
こんな幼少時体験が 今でも
明治屋や紀伊国屋 ナショナルマーケットなどの
輸入食料品が陳列された棚の前で
郷愁感を引き出して 私を 思わず立ち止まらせてしまうのです




